知ったかぶり美術館巡り [10月の特集]
ソネットの季節特集を大和田家の人々がナビゲートします。 |
今回登場する大和田家の人物
今回は、長男のしんやくんが彼女と一緒に美術館を回ります。美術に関する知識をさりげなく彼女にアピールして、かっこいいところを見せようという寸法です。はたしてそんな不純な動機で芸術と接していいのでしょうか。
「六本木の美術館へ」
彼女を美術館へ連れていくためにしんやくんは、六本木へ向かいます。
しんやくんは学生なので本当なら六本木なんて大人っぽい街には慣れていないのですが、彼女にいいところを見せるためならなんのその。まるで自分のテリトリーかのようにふるまいます。
ミッドタウンの割と近く
しんやくん「美術館に行くのにどうして六本木なの、って思う? それはね、ここには国立新美術館、サントリー美術館、森美術館っていう3つの美術館があって、アート・トライアングルと呼ばれているからなんだ」
アート・トライアングル
しんやくんは得意気に話します。でも本当はインターネットで調べて最初のページに出てきた情報です。格好をつけるために一生懸命勉強してきました。
しんやくん「今日は、そのなかの国立新美術館に行こうと思うよ。何と言っても『アムステルダム国立美術館所蔵 フェルメール《牛乳を注ぐ女》とオランダ風俗画展』がやっているからね」
かっこいいガラス張り
いくら芸術に関してうといしんやくんでも《牛乳を注ぐ女》や《真珠の耳飾りの女》の作者であるフェルメールくらいは知っています。43歳という年齢で亡くなったにしても、現存する彼の作品は40に満たないという寡作の画家です。
見たことある絵だ
しんやくん「中世のヨーロッパでは教訓めいた寓意画や聖書の内容に沿った宗教画などが絵画作品において真に重要なテーマだとされてきたんだ。でも17世紀のオランダでは騒がしい家庭生活や家事に勤しむ女性たちなど日常の景色を絵画として楽しんだんだよ。」
同様にそれまで絵画の世界で重要視されていなかった純粋な静物画も、このころからテーマとして取り上げられるようになったんだ、と隠し持った本を読みながら言います。やっていることがセコいです。
今日は行く予定ないけど、森美術館は六本木ヒルズに、サントリー美術館は東京ミッドタウンにあるから、用事のついでにでもちょっと足を運んでもいいかもしれないね、としんやくんは付け加えました。本当はあんまり調べてなかっただけなのですが。
ぼろがでないうちに六本木を後にして、しんやくんは電車に乗って移動します。今度はどこへ行くのでしょうか?
さらば六本木ヒルズ
「上野公園ご案内」
しんやくん「今度は上野に行こうと思うよ。知っていると思うけど上野公園には美術館や博物館がたくさんあるからね。」
しんやくんの言うとおり、上野公園には上野の森美術館や東京都美術館、東京国立博物館など芸術の秋に相応しい文化施設でいっぱいです。中学生の時に夏休みの宿題で行かされた経験がこんなところで役立ってよかった、としんやくんは思います。
ピンク色の部分が文化施設
しんやくん「上野公園はそもそも江戸時代に家光が鬼門を封じるために寛永寺を建てたのがはじまりなんだ。戊辰戦争の時にこのあたりは焼け野原になったみたいだけど、維新後にオランダ人医師のボードワンが上野の山を視察した際にここを公園として残すように進言したそうだよ。」
すぐ後ろにある案内板に書いてある内容なのですが、できるだけ視線がばれないように気をつけながら、まるで自分の知識かのように話します。必死すぎます。
すぐ後ろに公的なカンペ
上野公園の成り立ちもそこそこに、しんやくんは国立西洋美術館に向かいます。
その途中で、上野公園で働く人々が乗り物に乗って移動しているのにでくわします。
しんやくん「か、かっこいい……。」
働く人々にしんやくん感動
しんやくんには芸術よりもこういうやつの方が向いているのかもしれませんね。
呆れるハト
しんやくん「それにしても、西洋美術館はヨーロッパの絵画が年代ごとにひととおり揃っているから、いいよね。何がって? そりゃあ、技術の蓄積によって絵に深みがでるというか、まあ、なんというか歴史を感じられるところかなあ」
急いで取り繕おうとしますが、あまり具体的なことが言えないのは付け焼刃の知識のつらいところです。
国立西洋美術館につきました
しんやくん「あっ、例えばルネサンスからバロックへの様式の変化だけどさ…」
何か新しいうんちくを思い出したのでしょうか。いやいや、また本に頼っています。
しんやくん「15~16世紀のイタリアで栄えたルネサンス様式は輪郭線が明瞭で、均等に光があたったような鮮やかさが個々のモチーフが孤立させているんだよね。それに対して、その後の時代のバロック様式は輪郭は不明瞭だけど彩色の諧調や明暗が強調させてあって、見ている人の世界と絵画の世界が繋がってる感じがしてる。どっちかって言ったら僕はバロックの方が好きだなあ。例えるなら楷書より行書の方が味があっていい、みたいな感じかな。」
そんなことが書いてある
自分で自分が言っていることの意味が分かっているのでしょうか。脳みそはフル回転です。
しんやくん「ちなみに今国立西洋美術館ではムンク展もやっているんだ。そう、あの『叫び』で有名なムンクさん。」
空が赤いムンクの絵。タイトル《不安》
ムンクの作品を眺めている多くの人と同じように、しんやくんも眺めます。他の人は一体何を考えながら眺めているんだろう。しんやくんは自分の感想が格好良く言えたらいいなと思うのですが、言葉になりません。
こうなったらまたトリビアに頼るしかありません。
カンニング中
しんやくん「ムンクの絵って迫力はあるけど現実的じゃないよね。でもムンクと近い時代を生きた画家マティスは自分のアトリエを訪れた女性が『この女の人はどう見ても腕が長すぎるわ』と言ったのに対して『奥様、それは違います。これは女ではありません。これは絵なのです』と答えたんだ。絵画は現実世界で見えているものと同じである必要はないってことさ。『平面』っていう制限もあるしね。」
付け焼刃の芸術知識のアピールで乗り切ろうとする、しんやくん。素直に感想が言えないのは彼女がいるからでしょうか。
しんやくん「でも、ムンクの絵から伝わる人間の孤独や不安は、現実よりも現実的に感じられるよ。実際に見てそう思った。
……と、こんな感じで大丈夫かな。3回目の練習はうまくいったぞ。あとは彼女を作るだけだ。」
悲しいひとり遊びが好きなしんやくんはお土産にムンクの缶入りドロップを買って帰りました。
なんでドロップ?
芸術の秋、みなさんは素直に楽しんでくださいね。
東京都港区六本木7-22-2 |
東京都台東区上野公園7-7 |
取材と文:季節特集編集部、絵:サワー沢口
もう大和田家に夢中です。『カンニング中』のカットがたまりません
by o-nigiri (2007-10-20 00:43)